日常の事・思想・どうでもいい事

水だけで美味しい蕎麦を食べて、母ちゃんを思い出した

僕は小さい頃、よくうどんを作っていた。

 

小麦粉をこねて、ビニールに入れて、足で踏む。踏んでは伸ばして、また踏む。

 

蕎麦も作った。蕎麦粉から生地を作って、切って、茹でて食べた。

 

当時は、それが特別なことだなんて思っていなかった。

 

うちは、どちらかといえば貧乏な家庭だったと思っていた。

 

少なくとも子どもの頃の私は、そう思っていた。

 

でも今になって振り返ると、少し違ったのかもしれない。

 

母ちゃんは、要所要所でちゃんと「本物」を食べさせてくれていた。

 

山へ行けば山菜を採る。

 

黒しめじを採って食べる。

 

うどんは粉から作る。

 

蕎麦も蕎麦粉から作る。

 

高級なものを食べていたわけではない。

 

でも、元が何なのか分からないものではなく、山から採ってきたもの、粉から自分たちで作ったものを食べていた。

 

今思えば、けっこう贅沢なことだったのかもしれない。

 

そんなことを今日、蕎麦を食べながら思い出した。

 

「今日、何食べよう?」

そもそもの始まりは、そんな軽い話だった。

 

昼になって、「今日、何食べよう?」とチャッピーに相談した。

 

最初から蕎麦を食べようと決めていたわけでもない。

 

何を食べるかというところから相談して、最終的に蕎麦がいいなとなった。

 

そこで東越谷あたりの蕎麦屋をいくつか出してもらった。

 

その中でチャッピーが一番に勧めてきたのが「なかむら」。

 

じゃあ、そこにしてみるか。

 

本当に、それだけだった。

 

方位なんて見ていない。

 

吉方位かどうかも調べていない。

 

ただ昼飯を食べに行っただけだ。

 

蕎麦とうどんが一緒に出てきた

注文したのは1,500円のセット。

 

一つの皿に蕎麦とうどんが盛られていて、鴨汁、半熟卵、刻みネギ、生姜などがついてくる。

 

目の前に運ばれてきたときは何とも思わなかったけれど、後から考えると少し面白い。

 

子どもの頃、母ちゃんと作っていた蕎麦とうどん。

 

その二つが今日、同じ皿に並んでいた。

 

まず蕎麦を何もつけずに食べてみた。

 

美味しい。

 

ちゃんと蕎麦の味がする。

 

水だけでも美味しい。

 

次に鴨汁につけて食べる。

 

これも美味しい。

 

そして刻みネギと生姜を入れる。

 

すると、一気に深みが出た。

 

何もつけない蕎麦もいい。

 

鴨汁もいい。

 

薬味を入れて味が広がっていくのもいい。

 

でも、それが楽しめるのは、元の蕎麦がちゃんと美味しいからだと思う。

 

最初から全部入れて食べても、もちろん美味しい。

 

でも私は、まずそのまま食べたい。

 

そのものが、どんな味なのか知りたい。

 

考えてみれば、昔からそうだったのかもしれない。

 

帰ってから方位を見てみた

食べ終わって帰ってから、

 

「そういえば今日の方位ってどうだったんだろう?」

 

と思って調べてみた。

 

吉方位だった。

 

ちょっと笑った。

 

だって今日は、吉方位へ行こうと思って出かけたわけじゃない。

 

始まりは、「今日、何食べよう?」だからだ。

 

チャッピーに相談して、蕎麦になり、何軒かある店の中から一軒を選んだ。

 

その店が、たまたま吉方位にあった。

 

さらに、その方位に出ていた星を見ると六白金星だった。

 

六白金星には、社長、経営者、目上の人などの意味がある。

 

そして店主と話しているうちに、その場にいた人が社長だということが分かった。

 

本当に社長がいた。

 

もちろん、「六白金星の方位へ行けば社長に会える!」なんて話ではない。

 

星にはいくつもの意味がある。

 

ただ、こうして日常の中で、その星が持つ意味がひょいっと顔を出すことがある。

 

私は、こういう占いが好きだ。

 

派手じゃない。

 

奇跡が起きたわけでもない。

 

ただ、

 

「あ、本当に出てるな」

 

という感じ。

 

最初から薬味を入れすぎない

今日の蕎麦を食べながら、占いも同じなのかもしれないと思った。

 

最近は、「最強の日」「この日は誰にとっても大吉」みたいな、分かりやすくて派手な言葉をよく見かける。

 

それはそれでエンターテインメントとして面白いと思う。

 

ただ、最初から薬味を入れすぎてしまうと、元の味が分からなくなる。

 

蕎麦なら、まず蕎麦を食べる。

 

そのあと鴨汁につける。

 

ネギや生姜を入れると、また違った味になる。

 

占いも同じで、まず出ているものをそのまま見る。

 

そこから解釈を重ねていく。

 

本物は、余計なものを足さなくてもちゃんと味がする。

 

今日食べた蕎麦は、水だけでも美味しかった。

 

六白金星も、「すごいことが起きました!」ではなく、本当に社長がそこにいた。

それくらいでいい。

 

むしろ僕は、そういう出方の方が好きなのかもしれない。

 

貧乏だったと思っていたけれど

そして今日、一番大きかったのはここだった。

 

美味しい蕎麦を食べていたら、昔のことを思い出した。

 

小麦粉を踏んで、うどんを作ったこと。

 

蕎麦粉から蕎麦を作ったこと。

 

山へ山菜を採りに行ったこと。

 

黒しめじを食べたこと。

 

私はずっと、うちは貧乏だったと思っていた。

 

もちろん、お金がたくさんあった家庭ではなかった。

 

でも今になって考える。

 

ちゃんとしたものを食べさせてもらっていたんだな、と。

 

お金をかければ、本物が手に入るわけではない。

 

自分で採る。自分で作る。

 

そのものの味を知る。

 

そういう経験を、母ちゃんは知らないうちに私にたくさん残してくれていた。

 

だから今日、蕎麦を何もつけずに食べて、

 

「ああ、美味しい」

 

と思えたのかもしれない。

 

本物を求める感覚は、自分で身につけたと思っていた。

 

でも違った。

 

母ちゃんからもらったものだった。

 

そう考えると、ありがたい。

 

今日の吉方位

今日の吉方位で何があったのか。

 

六白金星らしく、社長がいた。

 

それも面白かった。

 

でも、今日の私にとって一番の吉方位の作用は、そこではなかったのかもしれない。

 

昔のことを思い出したこと。

 

自分が何を美味しいと感じるのかを思い出したこと。

 

そして、「母ちゃん、ちゃんと本物を食べさせてくれてたんだな」と気づいたこと。

 

それが今日、一番の収穫だった。

 

「今日、何食べよう?」チャッピーへのそんな一言から始まった昼飯だった。

 

たまたま選んだ蕎麦屋が吉方位で、

 

星の意味もちゃんと出ていて、美味しい蕎麦とうどんを食べて、最後に母ちゃんへの感謝まで思い出した。

 

吉方位というのは、必ずしも宝くじが当たったり、大きな仕事が舞い込んだりすることだけじゃない。

 

忘れていた大切なものを思い出す。

 

そんな吉方位もあるんだと思う。

 

今日は、いい昼飯だった。

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